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劇場版Fate staynight/heaven’s feelはトゥルーエンドか?ノーマルエンドか?考察してみた

劇場版Fate/staynight heaven'sfeelのエンドルート考察

※原作のネタバレを多分に含みます。ネタバレ気にする方は注意してください!

劇場版Fate staynight/heaven’sfeel第二部lost butterflyが上映されてから約3ヵ月が経とうとしていますね。

初日に観に行ったもんだから、カップルシートで桜と士郎の夜シーン見ちゃったぜ!PC版のみにあるシーンだよな。
うちらはびっくりしただけでなんともなかったけど、初々しいカップルや親子連れは気まずかっただろうなあ(笑)

残すところは2020年春公開予定の第三部のみとなりました。

ところで、原作をやっておらずネタバレ厳禁!の方にはあまり関係ない話ですが
原作の第三ルートFate staynight/heaven’sfeelには「トゥルーエンド」「ノーマルエンド」の2種類の終わり方が存在します。

例えば、原作の第二のルート「Fate staynight/Unlimited blade works」でも「トゥルーエンド」と「ノーマルエンド」の2種類のルートがありましたが、

TVアニメ「Fate stanight/Unlimited blade works」では「トゥルーエンド」で物語を締めくくりました。(第一ルートには原則として一つのルートしかありません)。

その流れなら普通heaven’s feelのラストも「トゥルーエンド」で締めくくるだろうとは思えるのですが、そう思うには少し引っかかる点もいくつか存在します。

そんなわけで今回は、heaven’s feelが「ノーマルエンド」になるか「トゥルーエンド」になるか、各視点から考察していきたいと思います。

各ルートの終わり方の違い

がっつりネタバレになる話題ですが、考察するには避けては通れないポイントです。

ここでは二つのエンドルートの概要を簡単にまとめます。

ノーマルエンド

士郎は限界まで投影魔術を駆使し、大聖杯を破壊します。

その反動で士郎は生死不明(おそらく死亡)。

黒化から解放された桜は無事に元に戻ることができましたが、かつて自分を愛し助けてくれた士郎はいつまで経っても帰ってきません。

「聖杯戦争が終わったら一緒に桜を見に行こう」、かつての士郎との約束を信じて、桜は士郎を待ち続けながら毎年自分が奪っていったものの罪を償うように花の種をまきます。

そうやって季節は廻り、家の中は償いの花で満ち、やがて桜は年老いてもずっと士郎の帰りを待ち続けているのでした。

美しいけど悲しい終わり方。
桜はあれだけ人を殺しちゃった以上、幸せにはなれないエンドルートだね。

トゥルーエンド

士郎が自分を犠牲にして大聖杯を破壊しようとするが、それと同時にまだ死にたくない、これからも桜と共に生きたいと強く願う。

そのとき、イリヤが自分の命を代償にして第三魔法を駆使。

身体から魂を抜き出すことで士郎は一命をとりとめ、大聖杯は破壊された。

その後、時計塔から凜が橙子の人形を入手。素体とすることで士郎の身体と魂ももとに復活。

ライダーは桜との契約が続いているため現界し続けている。

桜は自分が奪った命は取り戻せないけど、これから生きていくことでその罪を償おうとしている。

士郎、桜、凜、ライダーの4人で桜を見に行き、幸せそうに笑いあうのであった。

すっごくハッピーエンドだ!
もう「正義の味方」を目指していないから士郎も英霊化せずに済むし、桜だけではなく士郎も救われるエンドルートだね。



ノーマルエンドの可能性

梶浦・Aimerへのインタビュー記事

一部作の主題歌「花の唄」を作曲した梶浦由紀と歌唱したAimerへのインタビュー記事(https://spice.eplus.jp/articles/154878)に興味深いお話があります。

梶浦さんの話によると、「花の唄」の歌詞には作品に関するネタバレを含んでいるらしいのです。

そして気になる花の唄の歌詞を見てみると、

優しい日々 涙が出るほど帰りたい
貴方と二人で見上げた花びらが散った

出典:Aimer「花の唄」

だったり

だからきっともう一度
私を見つけてくれるよね
寂しいところに もういなくていいね
一人で見上げた 花びらが散った

出典:Aimer「花の唄」

といった、気になる表現があります。

この部分がノーマルルートで桜が士郎の帰りを待ちながら桜の花を見上げるシーンを連想させるため、

これってもしかしてノーマルエンドのネタバレになっているのでは?

という憶測がファンの中で飛び交いました。

ただ、これは第一部・第二部で徐々に黒化していく桜が士郎の助けを待っている描写とも見ることができます。

そもそも、第一部の主題歌に第三部ラストのネタバレ含ませる?とも思いますし。

どっちの解釈が正しいとは断言できませんが、もしこの歌詞の意味が前者であればノーマルエンドを示唆していることになるでしょう。

言峰VS士郎の殴り合いは実はどのルートでも発生する

原作ファンに人気のあるシーンのなかに、「言峰VS士郎」の殴り合いのシーンがあります。

言峰は「絶対悪の誕生を祝福するため」、士郎は「絶対悪の誕生を阻止するため」に全身全霊をかけて戦いを始めます。

ラストにある熱いシーンであるため映像化を望む声が多く、

製作側も言峰VS士郎シーンは外せないだろう=言峰VS士郎のシーンがあるトゥルーエンドで映画は製作するだろう

という主張も数多く見受けられます。

しかしこれに関しては勘違いしている人も多く、実は言峰VS士郎シーンはどちらのエンドルートに分岐しても見ることができます。

ただし、初見のみノーマルエンド分岐では言峰VS士郎シーンは出現しません。2回目以降をプレイするとき、どちらの分岐を選んでも言峰VS士郎シーンが出現するようにシナリオチャートが変更されます。

いわゆる2回目以降の隠し要素ってやつですね。

なので「言峰VS士郎シーンが~」という理由からのエンドルート主張は、あまり根拠にならないと思います。

逆に言えば、どのエンドルートで映画を製作しても言峰VS士郎シーンは必ず描写することでしょう。

日本人には「赦し」の文化が受け入れ難い

色々致し方ない事情があるとはいえ、桜は沢山の命を奪ってしまっています。
桜には今まで報われなかった分幸せになってほしいと思わずにはいられませんが、それと同時に命を奪ってしまった以上ある程度は罪を償うべき・報いを受けるべきと考える方も多いようです。

海外では死刑制度は廃止されているところが多いのに日本では死刑制度が根強いところからも、「罪」に関する日本人の考え方がいかに「赦し」とは遠いものであるかが想像できるかと思います。

二次元と三次元はまた別物ではあるのですが、実際「ノーマルエンドはあまり好きではない」といった意見もちらほら見聞きします。

この辺の「赦し」を制作側がどう解釈・表現していくか、一般的な日本人の感性通りに制作を進めているのであればノーマルエンドの結末を採用することでしょう。

ノーマルは映画、トゥルーは円盤

商業的な話になりますが第三部が円盤で販売された際、映画のほうでは採用されなかったもう一つのエンドルートが特典で追加されるだろうと噂されています。

映画がノーマルだったから円盤でトゥルー見たい!という人と

映画がトゥルーだったから円盤でノーマル見たい!という人、

どちらが多そうかといえば前者だと筆者は思っています。

やっぱり暗雲たる雰囲気の作品ですから、ハッピーエンドは一度見ておきたいですしね。

そのような視点から考えると、映画はノーマルエンドにして円盤はトゥルーエンドにしたほうが、円盤の売り上げ的には良いのかなと思います。



トゥルーエンドの可能性

監督は初期からの桜ファン

本作品で監督を務めている須藤監督は、FateがPC版だった初期の段階から桜の大ファンです。

桜ファンの監督が制作する映画ですから、桜が幸せにはならないノーマルエンドで果たして映画を作るかな?と疑問には思います。

第二部を上映した時点の情報では、第三部の上映時期は2020年春と予告されています。

現時点ではざっくりした情報ではありますが、ちょうど桜が開花する時期を狙って上映したいのではないかと思っています。

ノーマルエンドの桜の花は悲しいニュアンスをもっていますが、トゥルーエンドの桜の花は幸せなニュアンスをもっていますよね。

監督としては観客が映画の最後で桜の花を見ながら四人が幸せそうに笑いあうのを見届けた後、観客にも映画館外で桜の花を見ながら幸せな余韻に浸ってほしいのではないでしょうか。

原作者・那須きのこの発言

原作者・那須きのこは、とあるインタビューで

「最初はノーマルエンドをトゥルーエンドとして書くつもりだった」

と発言しています。しかし、

Fate staynight/heaven’sfeelは「士郎がいろんなものを失った後で人間的な幸せを得る話」であり、桜だけの「正義の味方」になったからには桜も一緒に幸せにならないといけない。

そしてたとえ偽善に映ったとしても、桜は罪の償いをしながら同時に幸せを目指したっていいはずだ。

と思い直して、現在のルートエンドに物語が着地したらしいのです。

作者が「これがこの物語のトゥルーエンドだ」と自信を持って言えているのですから、自然と劇場版がトゥルーエンドになる可能性は大ですよね。

大河と桜のオリジナルシーンを入れた意味

第二部ではいくつかオリジナルシーンが追加されましたが、その中の一つにイリヤが大河と桜の話を盗み聞きして「切嗣は決してイリヤを見捨てたわけじゃない、どうしても会いたくて探したけど結局会えずに終わってしまったんだ」という事実に気づくシーンがあります。

これは大変良い改変だったなあと個人的には思っています。

そして原作・映画ともにイリヤは、「知らない誰かのためではなくて好きな子のためだけの正義の味方になる」決意をした士郎を好意的に思っており、その決意を支えるためにいくらか士郎の力になりたいと思っています。

そうすると今回のオリジナルシーンによってイリヤの中で「大事な人にもう一度会わせてあげたい」という気持ちが高まり、トゥルーエンドでしか見ることができない「イリヤが士郎の代わりに犠牲になって第三魔法を駆使して大聖杯を止める」という流れに、さらに説得力が増すのではないかと思います。

つまりあのシーンは、トゥルーエンドでイリヤが起こすアクションの動機づけを増すために追加したともとれると思うのですが、どうでしょうか…?

終わりに

以上が各ルートの考察になりますが、いかがでしたでしょうか。

原作者がトゥルー推しでかつ監督が桜推しとなると、第三部はトゥルーエンドになりそうだなとは思うのですが、ノーマルエンドの可能性も捨てきれたものではありません。

今映画を製作しているufotableは脱税疑惑が発覚して問題になっており、映画が公開予定日通りに上映されるのか、そもそも映画は制作続行できるのかと不安に感じている方がたくさんいらっしゃる時期かと思います。

作品に罪がなくとも制作側が不祥事をやらかせば作品にツケが回ってくる。

ファンとしては願うだけしかできないのがつらいところですよね。

続報を待ちましょう!